山を越え、谷を越え、とまでは当然行かないんだけど商店街の隅を歩き、民家の隙間を縫って、路地裏を抜けるか抜けないかのところでようやくその猫は立ち止まり、周囲を見回した。
 誰もいないことを確認しているようだった。
 後ろを振り返り、目が合う。
 僕は「あ、猫がいるな、程度の認識しかもってませんよ」っと目をそらす。猫はちょっと警戒したようでじりりと後退りする。
 心頭滅猫すれば、猫また逃げず。
 僕は意識を更なる無猫状態にし、そのまま歩く。猫はまた何歩か後退りしたようだが、その場に留まるつもりらしい。こちらの様子をじっと窺っているような視線を感じる。
 僕はそのまま路地裏を抜け、何事もなかったかのように歩き続けたが、それでも暫くの間、背中に視線を感じていた。
 完全に警戒心マックス。
 だが逃げる素振りは見せず、あの場に留まり続けている。
 僕は考える。
 なんだろう?
 言葉にするのは難しい、何が理由かは分からないけど違和感を覚えていた。
 これまで似たようなシチュエーションに遭遇したことがなかったわけではない。猫は警戒すると相手の出方を窺う習性があることは知っている。
 ただ、何か違っていた。
 そうだ。
 警戒心の質だ。
 通常の猫であれば自身が襲われることを警戒するはず。けどあの猫は違っていた。
 あの猫は一体何を警戒していた?
 分からない。
 普段ならここで立ち止まり、ストップウォッチを止め、時間を手帳に記録するところだけど好奇心が刺激されていた。
 携帯電話を取り出し、カメラモードにして自分の顔を映す。そのまま横にスライドさせ、背後を確認する。小太りのオッサンが映り、一瞬ギョっとする。
 もう大分歩いていたので先ほどの路地も遠めに分かる程度だったが確認しないよりはマシ、いや、やっぱり何も分からなかった。
 どうする?
 このまま戻る?
 少し迷ったけど戻ることにした。もしあの猫がまだ僕を見張っていたとしても関係ない。
 あの場所に何かある。
 そう僕は確信していた。


cat

「貴方の趣味は何ですか?」
 そんな質問をされたら大抵の人は「読書」とか「音楽鑑賞」とか答えるんだろうけど、読書ったって友達が読んでるのと同じ漫画を買ってる程度で趣味って言えるほどでもないし、音楽鑑賞ってもたまにニコニコ動画で神曲メドレーなんかを聴いてる程度で趣味って言えるほどのものじゃない。
 なんで僕には声高に趣味って言えるものはなかったりするのだが、まー、声高じゃなければ言える確かな趣味がある。
 猫のストーキング。
 そう。僕は俗に言う、俗に言うのか知らないけれど猫ストーカーってやつなのだ。
 んで、今もまた上機嫌に散歩している猫を絶賛ストーキング中だったりする。

 ところで経験者なら分かってくれると思うけれど、猫のストーキングというのは非常に難しかったりする。
 まず、彼等は非常に警戒心が強い。
 意識を少しでも向けようものなら過敏に反応し、振り向き、そして走り出す。その状態で追おうものならスルっと猫ルートに逃げ込み、追跡不可能にされるのがオチだ。
 なので絶対に猫に意識を向けてはならない。
 前を歩いてる猫なんて興味はありません、興味がないっていうか猫いるの? いないよね? うん、いないね、いない、ってな具合に自分自身を騙す。本気で騙す。徹底的に騙す。
 無我の境地?
 否、無猫の境地。
 これを会得すると猫はこちらの気配を察知しても警戒せず、ウキウキ気分で散歩を続けてくれるのだ。
 だが、これだけでは不完全。
 次に大事なのは運。
 いや、確かに最終的には運なんだけど、観察眼っていうかな? すぐさま猫ルート、つまり猫にしか通れない道に入ってしまったら追跡不可能になってしまうので長時間のストーキングを楽しむ為には猫を見分ける眼も必要だったりするのだ。
 だからまー、一朝一夕では決して身につかない一種の特殊技能を駆使しながらストーキングしてるんだけど、今回はちょっとした奇跡が起きたみたいでこれまでの最長ストーキング記録、17分23秒を大きく上回ることは決定的ってな状況だったりした。


cat
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