山を越え、谷を越え、とまでは当然行かないんだけど商店街の隅を歩き、民家の隙間を縫って、路地裏を抜けるか抜けないかのところでようやくその猫は立ち止まり、周囲を見回した。
誰もいないことを確認しているようだった。
後ろを振り返り、目が合う。
僕は「あ、猫がいるな、程度の認識しかもってませんよ」っと目をそらす。猫はちょっと警戒したようでじりりと後退りする。
心頭滅猫すれば、猫また逃げず。
僕は意識を更なる無猫状態にし、そのまま歩く。猫はまた何歩か後退りしたようだが、その場に留まるつもりらしい。こちらの様子をじっと窺っているような視線を感じる。
僕はそのまま路地裏を抜け、何事もなかったかのように歩き続けたが、それでも暫くの間、背中に視線を感じていた。
完全に警戒心マックス。
だが逃げる素振りは見せず、あの場に留まり続けている。
僕は考える。
なんだろう?
言葉にするのは難しい、何が理由かは分からないけど違和感を覚えていた。
これまで似たようなシチュエーションに遭遇したことがなかったわけではない。猫は警戒すると相手の出方を窺う習性があることは知っている。
ただ、何か違っていた。
そうだ。
警戒心の質だ。
通常の猫であれば自身が襲われることを警戒するはず。けどあの猫は違っていた。
あの猫は一体何を警戒していた?
分からない。
普段ならここで立ち止まり、ストップウォッチを止め、時間を手帳に記録するところだけど好奇心が刺激されていた。
携帯電話を取り出し、カメラモードにして自分の顔を映す。そのまま横にスライドさせ、背後を確認する。小太りのオッサンが映り、一瞬ギョっとする。
もう大分歩いていたので先ほどの路地も遠めに分かる程度だったが確認しないよりはマシ、いや、やっぱり何も分からなかった。
どうする?
このまま戻る?
少し迷ったけど戻ることにした。もしあの猫がまだ僕を見張っていたとしても関係ない。
あの場所に何かある。
そう僕は確信していた。